2018年4月24日火曜日

グローバル化

同じ学校の制服を着た男の子達と午後遅くに電車に乗り合わせた。
ひとりはアジア系、ひとりは多分南アフリカ、ひとりはターバン巻いたインド系・・・
屈託なく本当に楽しそうに話している。
下校途中の学生たち。

幼い頃にご両親とオーストラリアへ来たのか、または移民の2世か3世?
彼らにとって英語はもはや第二外国語ではないんやろうね。
いや、お家ではそれぞれのお国言葉で家族と話しているんかなあ?
色々想像しながら、彼らの楽しそうな様子に目が釘付けになった。

毎日報じられる国際紛争が、まるで別の惑星で起きている絵空事のようにも思える。

オーストラリアの総人口のうち、4人にひとりが外国生まれの人。200ヶ国以上からの移民がオーストラリアを構成している。1900年代初め連邦国家結成以来、非白色人種の移民を厳しく制限した白豪主義を経験した。しかし、その後今から40年ほど前に白豪主義を放棄して人種差別禁止法を制定。オーストラリアで多文化社会主義への取り組みが本格化した経緯がある。

偏見は異なる文化的価値に無知であったり、それらを固定的にまたは単純化してとらえてしまうことから生じる。人々の違いについて理解を深めることにより、自分と違う人々を個人として尊重することができる・・・ そう、そうなんだけど。

でも、これが難しいから争いが絶えんのよね。

外見が白人だから、アジア系だから、その人の国籍や言語や生活様式がそのままあてはまるとは限らない。その人独特のアイデンティティーがそれぞれにあると認識するまで、私自身少し時間がかかったように思う。

”グローバル企業” ”グローバル人材” ”グローバル解析” ”グローバル支援” ・・・
やたらグローバルという言葉が独り歩きしていた以前の勤務先で、私はこの”グローバル”の語感が好きではなかった。いつも心で「どこがグローバルやねん、こらぁ!」と叫んでいた。

グローバル化について久しぶりに思いを巡らせた、秋の午後でありました。


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