つい最近になって、私って閉所恐怖症かもしれないと思っている話です。
MRI検査を受けた日・・・
一人しか入れない狭い筒の中で工事現場のような騒音聴きながらの検査。
ヘッドホンはつけるんだけど、それでもかなりの音でした。
「気分が悪くなったらこれ押してください」のボタンを手に握ってスタート。
こんなん。
狭い筒に入るや否や「棺の中ってこんな感じかなあ?」とか
「火葬場で燃やされる時、こんな音がするのかなあ?」とか
わけわからんことが頭に浮かんでね。
そしたらすんごい恐怖に襲われ、そして息苦しくなってパニック!!
始まってすぐに緊急ボタンを押してしまったんです。
なんでや? この検査初めてじゃないのに。
筒の中から出て、しばらく休憩。
お水もらって、看護師さんが手を握ってくださって背中をそっとトントン。
あんまりに優しくされて余計に情けないわ、恥ずかしくわ、でも嬉しくて
なんか泣きそう。
で、再度トライ。
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振り返れば、まだ日本にいた頃のこと。
商業ビルのエレベーターにひとりで2時間ほど閉じ込められたことがありました。
突然半分照明が落ちた薄暗いエレベーターの中で、緊急用のインターホンでやりとりする警備員のおじさんの声だけが頼りやった。
エレベーター内の空間は余裕があった。
なのに、やっぱりあの時も私は呼吸が苦しくて立っているのが辛かったっけ。
エレベーターの故障が解決して地上階でエレベーターから降りた時には、テレビのニュース取材班などが私を待ち構えていて、インタビュー受けるかもしれない。
薄暗いエレベーターの中で口紅を塗り直したなあ。
もちろんテレビのニュース取材班など誰も来てなくて、エレベーターから降りたらそこにいいたのはビルの管理会社のおじさんひとりやった。
「よう、頑張ったなあ〜」っておじさんに言われたことをよく覚えています。
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そや!
小学生の頃、こんなこともあった。
火災避難訓練の日、3階の図書室からシューター使って避難する希望者に調子もんの私は自ら手を挙げたんです。
シューターとはビル火災時の避難器具で、「斜降式救助袋」と呼ばれたりします。
シューターの入り口で地上を見下ろして高さに足がすくんで動けない男子を馬鹿にしつつ、勢いよくゴー!
しかし私は摩擦のためにシューターの途中で止まってしまい、この時も急にシューターの中で息ができなくなってね。なんとか地上に滑り降りてからも具合悪くて保健室にかつぎ込まれたっけ。
母に自転車で迎えに来てもらうというひと騒動がありました。
でも、私をパニック障害とか閉所恐怖症なんていう人は周りに誰もいなかった。
昭和40年代当時、そんな言葉も知りませんでした。
避難訓練のあの日も「意外とあかんたれ」のレッテル貼られて終わったような気がします。
今でも実は「意外とあかんたれ」に過ぎないのかもしれませんが、閉所恐怖症という名前があるならそういうことにしたいのです。
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